父の入院と介護
私の記憶
平成19年1月 父の退院後
父が京都の大学病院を退院し、その後は、私が勤める総合病院に、診察と抗がん剤治療に通院しました。父が亡くなる数年前には、歩行も困難になり、在宅医療に切り替えることになりました。在宅医療になるまでは、救急車で数回病院に運ばれたり、その流れで4回ほど入院もしました。
父の入院時は特にそうでしたが、医局の先生や看護師さん、技師さんや事務の方達には、大変お世話になり、今でも感謝しています。
私と母
当時、母は、父の代わりに自営の会社を切り盛りしていました。父が普通に歩いていた頃は、介護も母と私の二人で対応できていました。が、やはり母の介護の比重は、大きかったと思います。
担当医からは、胆管癌の手術が成功しても、5年生存率は11%と伝えられていました。手術が成功しても、常に再発の恐怖との戦いでした。その上、父は、重度の糖尿病と高血圧の既往がありました。糖尿病は、毎日インシュリン注射が必要でした。そんな状況の中、私と母の目標は、5年生存率の11%に入ることでした。
父の様子
父は手術で 胆管、胃の一部、十二指腸全摘出、小腸の一部、肝臓の一部、すい臓の一部を切除していました(記憶違いでしたらすみません)。普通であれば、これだけの臓器を切除したので、日常生活も大変だったと思います。現に、冬場はいくら暖房を強くしても、体が冷えるようでした。
しかし、元来、忍耐強い性分なのか、楽天的な性格のせいなのか、家族に心配をかけないようにと考えてのことなのか、家では好きなテレビを見て、いつも機嫌よさそうに日々を過ごしていました。おまけに体重も、術後から数年後には8キロも増えました。それに、頭の方も、加齢による物忘れもなく、しっかりしていました。
大きな山を越えた後も、脊柱管狭窄症、脳梗塞、前立腺肥大、などの病気も発症していきました。そう言えば、歯の治療もしてました。年をとると歯茎がやせるせいか、入れ歯を作っても作っても、すぐに合わなくなりました。食べる事が好きでしたので、食べにくそうにしている姿が可哀そうでした。
冒頭にも書きましたが、多くの既往歴のせいで、毎年最低一回は、救急車で運ばれていました。
当時大変だったのが、父が急変した時に、救急車を呼ぶかどうかどうかの判断でした。
救急車を呼ぶかどうか迷った時は?について、私の経験を通して過去のブログに書いていますので、良かったら参考にして下さい。
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高額療養費について
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